長崎といえば「ちゃんぽん」でしょう!歴史に迫ります!
長崎ちゃんぽん、リンガーハットや全国チェーン展開もされているので関東圏の方々も馴染みがある食べ物ではないでしょうか?今回は本場長崎で食べた長崎ちゃんぽんのレビューと、長崎ちゃんぽんの歴史についてご紹介したいと思います!
長崎ちゃんぽんの歴史
長崎の歴史と風土が作り上げた、日本と中国が混ざり合った「ちゃんぽん」な味
鎖国時代、日本で唯一の開港地として外来文化を受け入れ、独自の文化を育てた長崎は、料理にも異国の味が漂うと言われます。中でもちゃんぽん(チャンポン)・皿うどんは、深い関わりのあった中国の影響を受けて長崎が生み出した日中混合の庶民の味として、名物のひとつとなっています。
ちゃんぽん(チャンポン)の語源には諸説あります。
- 中国、福建省の方言で簡単な御飯の意味の、喰飯(シャンポン)がなまったもの。
- ポルトガル語の「チャンポン(混ぜる・混合するの意味)」がなまったもの。
- 当時の中国人の呼び方である「チャン」と日本人の「ポン」を取ってチャン+ポンと名付けた。
長崎は街並みもそうだけど、オランダや外国の文化の根強い土地だからこそ食べ物も外国なまりのものが多いんだね!
貧しい中国人留学生のために考案、安くて栄養満点の料理が始まり
ちゃんぽん(チャンポン)の由来も諸説あります。「明治初年、長崎人である本吉某が、丸山にて支那うどんをちゃんぽん(チャンポン)と名付けて開業したもので、ついにちゃんぽん(チャンポン)は支那うどんの固有名詞となった」と文献に残されています。また「勝海舟が丸山でちゃんぽん(チャンポン)を食べとても喜んだ」とも語り継がれています。この他、福建省の人たちが長崎市内(現在の新地中華街や館内)に出て、庶民相手に商売をするようになった頃、その明治30年代に、陳平順が貧しい中国人留学生に安くて栄養のあるものを食べさせようと、野菜くずや肉の切れ端などを炒め、中華麺を入れスープで煮込んだボリュームたっぷりの料理を作り上げ、ちゃんぽん(チャンポン)と名付けたとも言われています。
どの説にしても、麺好きの日本人の嗜好を巧みにとらえた、その名の通りまさに日本と中国が混合(ちゃんぽんになった)した料理と言えます。
皿うどんの歴史
鎖国令が解かれた江戸時代後期、それまで唐人屋敷に閉じこめられていた中国人たちは市中へ出て、庶民相手に中国一品料理の小さな店を出すようになりました。皿うどんは、そんな異国の味と伝統的な日本料理に、新鮮で豊富な海の幸に恵まれた長崎が出会って発展した、いわば日本と中国の合作料理です。
明治の頃、日本人のうどん屋で「かけ」や「もり」が十銭であったのに比べ、中国人の店では野菜や魚介類をふんだんに盛り込んで、同じ十銭くらいだったと伝えられるので、人気を呼んだのも不思議ではありません。
皿うどんは作り方も複雑なので、ちゃんぽんに比べて少し値段も張り、やや高級とされていたそうです。
https://www.mirokuya.co.jp みちや参照
実際に長崎で食べたちゃんぽんをレビュー
共楽園
これぞ長崎ちゃんぽん! 野菜が甘くてスープの風味と絡んで最高に美味しい一品でした。
店内はおしゃれな内装で、優しいおかみさんと厨房では活気あふれる男の人の声。お祭りの時期ということもあり少し席数を制限していたようでしたが、普段からもお昼時には並ばないと食べれないそうで。筆者は40分くらいで中に入ることができました!
ちゃんぽん

あまーい皿うどん、お子様や女性に人気なのがわかります。

眼鏡橋も近いので観光におすすめ

まとめ
いかがでしたでしょうか? 歴史ある街、長崎。観光地としても有名ですが歴史を辿ればそこに美味しい飯も必ずあります。ぜひお立ち寄りの際には行ってみて食べてみてくださいね♡